姫路の中心部にある小高い丘の上にそびえ立つ姫路城。その美しい姿が羽根を広げて舞う白鷺のようだと、別名「白鷺城」(はくろじょう)とも呼ばれています。
五層の大天守と3つの小天守、そしてそれを結ぶ渡櫓。この連立式天守閣の幾重にも重なる屋根屋根と千鳥破風・唐破風の組み合わせ、白漆喰総塗籠造の外壁が、得も言われぬ美しさを築いています。
その壮麗な姿とは裏腹に、複雑巧妙な縄張りを持つ姫路城は、要塞としての機能性も抜群。日本の城郭建築技術が最も発達したとされる安土桃山時代の粋がそこかしこに見られます。
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明治維新後、1871年姫路城主酒井忠邦公は東京移住を令された。しかし旧藩主酒井家を慕う領民が1879年明治政府の許可を得て、酒井家の藩祖酒井正親を祀ったのが初めとされる。1925年現在の位置に遷座し、1961年には歴代酒井家藩主を配祀し姫路城鎮護神社として鎮座された。
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農工生産の神として仰ぐ倉稲魂(うがのみたま)大神をお祀りする。元々は坊主町の鎮守であったが、1925年当社にご遷座された。
姫路城の西側にある1万本の日本庭園「好古園」は、かつて「西御屋敷」や「武家屋敷」があった場所。発掘調査で見つかった屋敷跡や通路跡などの地割りが生かされ、「西御屋敷」など9つの庭園や、長屋門、築地塀を再現しています。四季折々の花が咲き誇る庭園を眺めながら食事やお茶席が楽しめます。 [ Large view ]